古今和歌六帖第一帖 秋立つ日
藤原敏行の朝臣
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる雑の月 我心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て 飽かなくにまだきも月の隠るゝか山の端逃げて入れずもあらなん 大かたは月をもめでじこれぞこの積もれば人の老いとなるもの 秋の風 君待つと恋ひつゝ経(ふ)れば我宿の薄動きて秋風ぞ吹
文屋朝康康秀
吹からになべて草木のしをるればむべ山風をあらしといふらん
かく山の花の子
風吹けば沖つ白波竜田山夜半にや君が独り行くらん時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ 浦近く降り来る雪は白波の末の松山越すかとぞ見る 雪降れば冬こもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける 冬ながら空より花の散り来るは雲のあなたは春にやあるらん 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の山に降れる白雪 古今和歌六帖第二帖 駿河なる宇津の山辺のうつゝにも夢にも人に見ぬに人の恋しき 東路の小夜の中山さやかにも見ぬ人ゆゑに恋ひやわたらん
かこの山の花子
風吹けば沖つ白波立田山夜半にや君が独り行くらん岩手山いはでながらの身の果てば思ひしことと誰か告げまし 音羽山音に聞きつゝ逢坂の関のこなたに年を経るかな
喜撰法師
わが宿は都の巽しかぞ住む世をうぢ山と人もいふらんあしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をわが独り寝(ぬ)る 山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば 山の井 安積山影さへ見ゆる山の井の浅くは人を思ふ物かは むすぶ手の雫ににごる山の井の飽かでも人に別れぬるかな 和泉なる信田の森の葛の葉の千ぢに分かれてものをこそ思へ
天地天皇御
秋の田の仮庵は庵の苫を狭(せ)みわが衣手は露に濡れつゝ
山上憶良
秋の野に咲きたる花を手を折りてかき数ふれば七くさの花萩の花尾花撫子女郎花又藤袴朝顔の花 さゝなみの志賀の辛崎行幸(みゆき)して大宮人の舟待よそひせり
素性
見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりけるいつしかも都に行きて武隈の松を見つとも人に語らん
大宰の帥 小野の
あをによし奈良の都は桜花匂ひのごとく今盛りなり名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと 恋せんとなれるみかはの八橋の蜘蛛手に物を思ふ比かな 簾
額田のみこ
独りしてわが恋ひをればわが宿の簾通りて秋風ぞ吹く古今和歌六帖第三帖
陽成院のさせい
筑波嶺の峰より落つる男女(みなの)川恋ぞ積もりて淵と成ける身に近き名をぞ頼みし陸奥の衣の川と見てや渡らん 陸奥にありといふなる玉川の玉さかにてもあひ見てしかな 千鳥鳴猪名の川原を見る時は大和琴とも思ほゆるかな ものゝふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の寄るべ知らずも 抜き乱る人こそあるらし白玉の間なくも降るか袖の狭(せば)きに
行平
わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつゝわぶと答へよ須磨の浦に塩焼く炎夕されば行過ぎかて山にたなびく 陸奥の千賀の塩竈近ながらはるけくのみも思ほゆる哉 下野や室の八嶋に立煙思ひ有とも今こそは知れ 陸奥にありといふなる松嶋の待つに久しくとはぬ君哉
元良親王
わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はんとぞ思ふ古今和歌六帖第四帖 塩の山さしでの磯に棲む千鳥君が御代をばやちよとぞ鳴く 古今和歌六帖第五帖 夢
小町
思ひつゝ寝ればや人の見えつらん夢と知りせばさめざらましを
敦忠
あひ見ての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけりほとゝぎす鳴くや五月の短夜も独りし寝れば明かしかねつも
素性
今来んといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつる哉待たず
大伴郎女
来むといひて来ぬ夜もあるを来じといふを来んとは待たじ来じてふものを来んといひて来ざりし夜もありしかば待たぬしもこそ待つにまされる 君が行き日(け)長くなりぬ山たづの迎へを行かん待ちには待たじ
有間皇子
岩代の浜松が枝を引き結びまと幸(さち)あらば又帰り見ん後見んと君も結べる岩代の小松が末(うれ)をまたも見んかも 月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして
忠岑
石上(いそのかみ)布留の社のその神の古き心は今も忘れじ葦屋の昆陽の篠屋のしのびにもいないなまろは人の妻なり 紫草(むらさき)に匂へる妹をめぐゝあらば人妻ゆゑに我恋ひめやは 最上川上れば下る稲舟のいなにはあらずこの月ばかり 有明のつれなく見えし別れよりあか月ばかり憂きものはなし 葦屋の灘の塩焼きいとまなみ黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)もさゝず来にけり 貫きとむる人こそあるらし白玉の間なくも降るか袖の狭(せば)きに 摺り衣 春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ限り知られず 陸奥のしのぶもぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに 東路の道の果てなる常陸帯のかことばかりもあひ見てし哉 多摩川にさらす手作りさらさらに昔の妹が恋しきやなぞ 古今和歌六帖第六帖 唐衣着つゝなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ 陸奥の安積の沼の花かつみかつ見る人の恋しきやなぞ 名にし負はば逢坂山の真葛(さねかづら)人に知られで来るよしもがな 花 難波津に咲くや木の花冬こもり今は春へと咲くや木の花
友則
ひさかたの光さやけき春の日に静心なく花の散るらむ
躬恒
春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るゝ世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし かたかし ものゝふの八十少女らが踏みとよむ寺井の上のかたかしの花 夏刈りの玉江の葦を踏みしだき群れゐる鳥の立つ空ぞなき 春の日に霞たなびきうら悲しこの夕影に鶯鳴くも |