一茶の句碑
来見寺
赤門やおめずおくせず時鳥
この赤門は来見寺の中で最も古い建造物で、宝暦5年(1755年)に再建されました。 徳川家康ゆかりの寺の門ということから特別に赤く塗ることを許されたもので、普通は通ることを遠慮したものだと言われています。扁額は明僧の心越禅師の書です。かつては現在の駐車場の所にありました。 なお、来見寺は府川城主豊島頼継により永禄3年(1560年)に創建されました。当初は頼継寺(らいけいじ)といいましたが、家康公の上意により名が改められたといいます。赤門に向かって右側には「赤門やおめずおくせず時鳥」という小林一茶の句碑が建っています。
利根町教育委員会 |
文化3年(1806年)10月25日、一茶は来見寺に泊まり、翌26日に田川へ。27日には田川の一白と再び布川に戻る。 |
廿五日 晴 北風吹 布川来見寺ニ泊 |
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廿六日 晴 田川ニ入 |
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廿七日 晴 一白と布川ニ入 |
『文化句帖』(文化3年10月) |
文化9年(1812年)の正月15日、一茶は布川の月船亭で日待する。 |
文化九年正月十五日、下総国相馬郡布川の郷なる月船亭に日待といふことをして、人々ぞりて夜の明るをなん待ちける。 程なく来見寺の鐘暁をつげて、布佐台の烏かはかはと鳴わたるに、おのおのばらばら帰りけり。 |
文化11年(1814年)の句。7月22日一茶は柏原を発ち、8月3日江戸着く。8月28日布川に入る。 |
廿八日 晴 布川ニ入
『七番日記』(文化11年8月) |