2009年富 山

水橋神社〜芭蕉の句碑〜
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富山市水橋大町に水橋神社がある。


水橋神社


 神社創建の年月は明らかでないが、8世紀の「延喜式」に水橋の宿駅があったことが記されており、古い歴史がある。

 拝殿には奉納の絵馬が多い、なかでも応真斎松浦守美の描く源義経の海士ヶ瀬の故事が有名である。

 伝えるところでは、文治年間(1180年代)義経が兄頼朝に追われ、ひそかに北陸路を経て奥州に逃れようとして水橋の渡にさしかかり河水の深浅、渡しの難易を計りかねて当惑していたところ、海士があらわれ、義経主従を教導して無事に渡した。この海士は海神の化身であったという。

 また、天保9年(1838年)石黒屋権吉が奉納した「北前船」、嘉永5年の同じく模型、嘉永7年の奉納句の額などがある。

 なお、境内の海士ヶ瀬神社は売薬行商に旅立つ人の安全祈願のやしろとして尊崇されている。また境内には芭蕉句碑が建立されている。

平成5年 富山市

社殿の手前右手に芭蕉の句碑があった。


あかあかと陽は難面くも秋の風

『奥の細道』の旅で、金沢から小松へ向かう途中に詠まれた句とされる。

この句が水橋浦で詠まれたとされ、水橋神社に句碑が建立された。

台座に「青桃祠」と刻まれている。

天保11年(1840年)、芭蕉百五十回忌に桜井定爾建立。桜井梅室筆。

桜井定爾は水橋の素封家。桜井梅室は金沢の刀研師。闌更の門人。

『諸国翁墳記』に「秋風塚 越中東水橋 定尓建之」とある。

海士ヶ瀬神社


JR北陸本線水橋駅


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