2016年栃 木

結城城跡〜蕪村の句碑〜
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結城市結城に城跡歴史公園がある。


結城市指定史跡 結城城跡

 結城城は治承年間(1177〜1180年)に結城朝光が築いたとされるが確証はない。むしろ南北朝動乱期に築城されたと見るべきであろう。

 その後、結城家は室町時代に関東八家の一に列して勢力をふるい、戦国時代には宇都宮・佐竹氏らと伍して生き残り、天正19年(1591年)徳川家康の二男秀康を十七代晴朝の養子にもらい受け、慶長6年(1601年)越前福井への国替えまで関東の雄として栄えた。

 結城氏の転出後、結城城は廃城となったが、元禄13年(1700年)水野勝長(18000石)の入部によって再興され、明治に至るまで水野家の居城となった。

 結城の名を不朽にしたのは永享12年(1440年)の結城合戦である。関東公方足利持氏が将軍義教と争って滅ぶと結城家十一代氏朝(1402〜1441年)は、持氏の遺児春王丸を奉じて兵を挙げた。

 幕府は諸将に氏朝らの討伐を命じたが、結城落城まで1年余の歳月を費し、結城の名を天下に轟かす結果となったのである。

   結城市教育委員会

      贈 結城ロータリークラブ

結城城跡に蕪村の句碑があった。


ゆく春やむらさきさむる筑波山

昭和41年(1966年)10月12日、建立。

建立の趣旨

 俳聖蕪村は寛保2年秋(西暦1742年)、27才の時、結城の産んだ俳人砂岡雁宕を慕って結城を訪れ雁宕の庇護により10年間滞留し、その間当地を中心に下館、宇都宮、東北地方を歴訪した。

 結城市制10周年を記念し、偶々蕪村生誕250年を卜して、汎く市民各位の賛同を得、この城址に建立されたものである。

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