2024年東 京


桃花流水〜千鳥が淵緑道〜

千鳥ヶ淵公園から千鳥ヶ淵緑道へ。

髪結い


峯田義郎制作。

左側から
   
右側から

   


明治22年(1889年)1月3日、北村正信は新潟県西頚城郡に生まれる。

少女像 「泉」


昭和37年(1962年)5月12日、緒方信一郎寄贈。北村正信制作。

左側から
   
右側から

   


昭和55年(1980年)4月22日、北村正信死去。享年91。

千鳥が淵ボート場


ボートに乗る人は少ない。

昭和23年(1948年)、熊谷喜美子は富山県新湊市に生まれる。

桃花流水


熊谷喜美子制作。

左側から
   
右側から

   


“桃花流水”によせて   熊谷喜美子

 紀元4〜5世紀、官職を捨てみずから農耕にたずさわった中国の詩人哲学者、陶淵明の著書「桃花源記」より引用。

 大河の支流に道を見失った一人の漁夫が、今を盛りと咲き香る美しい桃の林に迷いこみ、好奇心にかられて、なおも奥地の水源へと船を進ませると、そこには、光り輝くユートピアがあった。広々とした土地、良田、美池、桑竹畑、楽しそうに働く男女の歌声、それはそれより500年前、秦の始皇の虐政を逃れた子孫が、美しい谷間に、住みつき、世間との交渉を断ち、完全な調和と、平和の社会をなして安穏に暮していた姿だった。やがて、男は故郷へ帰るが、のちに二度とこの地を探しあてることはできなかった。

 平和な地で、万物を深くやさしく愛し続ける女達の一人が、収穫の甘き桃を持ちて、水辺に立つ姿を、男は生涯胸にいだきつづけた。

   山中問答   李白

問余何意棲碧山   余に問ふ何の意ありてか碧山に棲むと

笑而不答心自閑   笑つて答へず心自ら閑なり

桃花流水杳然去   桃花流水杳然として去る

別有天地非人間   別に天地の人間(じんかん)に非ざる有り

自動車会館へ。

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