2008年東 京

新町竹の鼻の一里塚跡〜芭蕉句碑〜
indexにもどる

八王子市新町に竹の花公園がある。


竹の花公園は新町竹の鼻の一里塚跡。


新町竹の鼻の一里塚跡

八王子市指定史跡 新町竹の鼻の一里塚跡

 この地は、現在では竹の花公園となって竹の花と表記されているが、江戸時代の地誌『武蔵名勝図絵』などには竹之鼻と書かれている。

 一里塚は、徳川家康が秀忠に命じて、慶長9年(1604年)に日本橋を起点に東海道・東山道・北陸道などに榎を植えた塚を築かせたもので、市内には4か所あった。

 新町のこの辺りは、江戸方面から八王子宿への入口に位置し、甲州街道は鍵の手(直角)になっている。

 隣の永福稲荷神社の境内には、芭蕉句碑、江戸時代の手水鉢や庚申塔、道路沿いの石垣には「八王子米屋中」の名盤がはめ込まれ、往時の歴史を偲ぶことができる。なお、当神社の9月はじめの生姜まつりは、この地域では名高いまつりである。

八王子市教育委員会

永福稲荷神社


祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

芭蕉句碑


蝶の飛ふはかり野中の日かけかな

出典は『笈日記』(支考編)。

貞亨2年(1685年)、『野ざらし紀行』の旅の途中、鳴海付近で詠まれた句。

『諸国翁墳記』に「日陰塚 武州八王子建之 松原菴星布」とある。

 天明8年(1788年)8月10日、加舎白雄は八王子に星布を訪ね、松原庵二世の嗣号を許す。
 寛政12年(1800年)秋、榎本星布句碑を建立。
 明治30年(1897年)4月、火災で句碑焼滅。
 昭和24年(1949年)9月、松原庵九世太虚日陰塚再建。
 昭和29年(1954年)10月15日、大野太虚没。

日影塚碑陰記

 榎本星布性雅にして俳諧をよくす都の人なり寛政十二年秋祖翁の句碑を其の駐杖の地に建て日影塚と稱す偶々明治三十年四月祝融の災に遇ひて碑石剥落し今やつひにそのかけを留めす我等甚たこれを遺憾として今茲己丑の秋同志相謀り以つて舊地に句碑を再建せり仍つてこれを誌す

          昭和二十四年九月 八木正男撰

2008年東 京〜に戻る