2013年東 京

名綱神社〜水原秋桜子の句碑〜



八王子市暁町に名綱神社がある。


昭和20年(1945年)4月、水原秋桜子は八王子に仮寓。

名綱神社の入口に水原秋桜子の句碑があった。


冬菊のまとふはおのかひかりのみ

昭和38年(1963年)11月3日、新井英子氏邸に建立。

 『秋櫻子句碑巡礼』(久野治)によれば、 水原秋桜子第13番句碑である。

水原秋桜子先生は昭和23年(1948年)八王子安土(現在暁町)に住んでおりました。水原邸の隣接地で畑仕事をしていた新井常之亟は先生と親しくさせて頂き、娘新井英子(馬酔木同人)邸に句碑建立の計らいを頂きましたが、私邸に建立の為多数の皆様に接して頂く事叶わず今回町会の皆様に了解頂き名綱神社に移設となりました。

平成18年(2006年)5月、現在地に移設。

新井常之亟から根分けして貰った菊だそうだ。

 菊は立冬を過ぎても咲きつづけた。中菊はすでに終って小菊だけである。しかし残りすくなくなるほど大切にしたので、来る日の来る日も、白や黄の花が眼を楽しませてくれた。

 つい十日ほど前までは、まだ鶏頭なども残っていたし、柿の木の梢には渋柿も眺められた。そういうものがお互い光を持ち、その光をかわし合って、晩秋の趣を成していたのに、いまではすべてが無くなって、残っているのはこの冬菊だけである。白には白の光、黄には黄の光があるけれど、それはただ自分のまとう光だけで、まことにさびしい感じである。しかしさびしい中にも、どこか凛としたところがあって、澄み透っている。

『水原秋櫻子自選自解句集』

名綱神社に「業祖采女霊神」の碑がある。

「業祖采女霊神」の碑の右に水原秋桜子の句碑があった。


遠世よりつたへしわさをまつる秋

 昭和32年(1957年)11月11日、「采女霊神祭祀五十週年記念」に「東京都八南理容師會」建立。

水原秋桜子第5番の句碑である。

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