2008年東 京

金王八幡宮〜芭蕉の句碑〜
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渋谷区渋谷に金王(こんのう)八幡宮がある。


 寛治6年(1092年)、渋谷氏の祖河崎土佐守基家創始。元渋谷八幡宮と称したが、金王丸の名声に因み、後に金王八幡宮と称される。金王丸は17才の時源義朝に従って保元の乱に参加して大功を建てた。

 源頼朝は挙兵の折り密かに渋谷八幡宮に参籠して平家追討を祈願したということである。

金王八幡宮門


江戸中期の建立

渋谷区指定有形文化財

同じ所、中渋谷にあり。この所の産土神とす。祭礼は八月一五日なり。

本社祭神 応神天皇一座(社記に云く、この神像は上古(そのかみ)弘法大師、豊前国宇佐八幡宮の告あるにより、しばらく山城国鞍馬寺に安置し奉りを、渋谷次郎高重護持して当社の神体とあがむると云々。本地仏阿弥陀如来の像は慈覚大師の作なり。円証阿闍梨東福寺創建の時、行脚の僧来りて授与せしとなり。)

『江戸名所図会』(渋谷八幡宮)

金王八幡宮社殿


慶長17年(1612年)造営。

渋谷区指定有形文化財

金王八幡宮社殿の左に金王桜がある。

源頼朝が金王丸の忠誠を偲び、鎌倉亀ヶ谷の館の桜を移植したという。

   金王丸

桜木も何代目ぞよかんこ鳥

『七番日記』(文化14年)

金王桜の下に芭蕉の句碑があった。


しはらくハ花のうへなる月夜かな

元禄4年(1691年)春、芭蕉48歳の句。

文化14年(1817年)、太白堂門人山奴社中建立。

太白堂は天野桃隣の号。

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