東京都指定有形民俗文化財 |
稲葉家は江戸時代に青梅宿の町年寄を務めた家柄であり、材木商を営み、また青梅縞などの仲買いなども行い商人として活躍していた。 青梅街道に面した敷地内には蔵造り・2階建ての母屋(間口5間半、奥行き7間)一棟が建てられ、その裏手には土蔵1棟、東側に隣接する場所に井戸・門・棟割長屋などが配置されている。母屋の表部分は店舗造りで商業活動の場に当てられ、奥の部分は生活の場となっていた。 母屋の建築年代は江戸時代後期で、土蔵は明治期、棟割長屋・門・井戸の覆屋などはそれ以降の時期に建築されたものと考えられている。 青梅宿は江戸時代以降、宿場町として繁栄し、町並や屋敷割は往時の面影を残しているが、旧稲葉家住宅はその中でも旧態をよく留めており、商家形式の民家として当地方の宿場商人の生活を知る上で非常に貴重な民俗資料である。指定面積は1,433.74平方メートル。
東京都教育委員会 |
明治39年(1906年)、若山牧水は御岳山へ向かう途中で青梅宿を歌に詠んでいる。 |
野の坂の春の木立の葉がくれに古き宿見ゆ武蔵の青梅
『海の声』 |