水原秋桜子の句碑

郭公の呼ひかはす如国親し



JR東海道本線西大路駅下車。

京都市南区吉祥院西ノ庄門口町に日本新薬本社がある。

 昭和41年(1966年)、日本新薬社長森下弘は「ベルツ博士とビーティヒハイム」を出版。

 昭和43年(1968年)、獨協医科大学初代学長石橋長英は明治百年を記念して秋桜子「君により日本医学の花ひらく」の句碑をとビーティヒハイム市へ送る。森下弘は「織部燈籠」を送る。

 同年秋、ビーティヒハイム市から「ベルツ賞牌」が贈られた。石橋長英は森下弘の国際的な交流を称え、秋桜子に句詠を依頼。

日本新薬本社に水原秋桜子の句碑があった。



郭公の
 呼ひかはす如
 国親し
 昭和43年(1968年)11月21日、石橋長英の奨めににより日本新薬社長森下弘が建立。

『秋櫻子句碑巡礼』(久野治)によれば、第31番目の句碑である。