水原秋桜子の句碑

ものゝふのほまれの岩に鯊ひとつ



大水上神社

三豊市高瀬町羽方に大水上神社がある。

延喜式内社讃岐二宮

悠久の昔、水の恵を求め岩畳なす清流の源に神を祀り大水上と称えた。

今尚幽玄の森に鎮座し、人々の崇敬をあつめている。

随神門


随神門の右手に水原秋桜子の句碑があった。


茶ところと
   きかねと
      新茶
  たくひなし

『餘生』(昭和49年)所載の句。

昭和56年(1981年)7月3日、建立。

 赤茶色系統の明るい御影石のため、そこだけが明るく、太陽を浴びている感じである。一の鳥居から二の鳥居の間に、小さな川が流れている。その橋を渡ると拝殿である。祭神は大山積彦命という。拝殿の裏に本殿、社務所、庫裏等が神社形式のまま残っていた。神社を守るひとがいないので詳しいことは判らず仕舞である。とも角、高瀬町は小高い丘陵地帯を中心に茶の栽培が盛んで、森安華石は新茶をいつも秋櫻子に送っていたと伝えられ、そのため感謝をこめて秋櫻子は華石に、句碑にある色紙を書いておくった。それが句碑に至ったものである。

 『秋櫻子句碑巡礼』(久野治)によれば、然別湖に次いで第87番目の秋桜子句碑である。

昭和56年(1981年)7月17日、秋桜子没。享年88。

大水上神社拝殿


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