2007年静 岡

了仙寺〜国指定史跡〜
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下田に了仙寺(HP)というお寺がある。


法順山了仙寺


日蓮宗で、寛永12年(1635年)の創建。

  嘉永7年(1854年)3月、神奈川において日米和親条約が締結されて、下田が開港場となると、ペリー艦隊は次々と入港してきた。

 ここ了仙寺は、上陸したペリー一行の応接所となり、同年5月に日本側全権林大学頭等とペリーとの間に和親条約付則下田条約が当寺において調印された。これにより、了仙寺は玉泉寺と共に米人休息所となった。

嘉永7年(1854年)3月24日、吉田松陰はペリー上陸のことを書いている。

二十四日  夷將彼理(ペルリ)等下田の了仙寺に登る、黒川以下往きて是れを饗す。是の日、行嚢を提(ひつさ)げ、澁生と同じく蓮臺寺村に往き宿す。

「回顧禄」

長楽寺へ。

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