2009年静 岡

船原温泉〜島木赤彦の歌碑〜

土肥温泉から国道136号で修善寺に向かう。

船原温泉「船原館」に歌碑があったので、車を停める。


島木赤彦の歌碑だった。


伊豆の湯に男女ら共に浴めり山深く来て疑ふものなし

歌碑の左に小さな碑があって、簡単な説明が書いてあった。

大正14年(1925年)1月27日、島木赤彦は船原温泉に一泊して峠越えをする。

柿蔭集より

昭和61年3月 建之

 島木赤彦は船原温泉から土肥峠を越え、大正14年1月末から2月にかけて土肥に遊ぶ。「土肥温泉」連作は『柿蔭集』に収められているそうだ。

大正15年(1926年)3月27日、赤彦は柿蔭山房で死去。50歳であった。

没後の7月、第5歌集『柿蔭集』刊。

若山牧水は昭和2年(1927年)9月9日から21日まで船原温泉で湯治。

翌年の昭和3年(1928年)9月17日、牧水は43歳で永眠。

 昭和10年(1935年)2月25日、与謝野寛・晶子夫妻は船原峠を越え、土肥温泉へ。

ふた月を遅れて来れど我友の見しごと寒し船原の川

船原の大樹の椎の霜に堪へ二百歳経て人の注連張る


大木の梅より出でて山蔭の船原川に射すひかりかな

半島の山集りてかすめるを見つつわれ越ゆ船原峠


 昭和32年(1957年)2月16日、水原秋桜子は船原峠を越え、土肥温泉に赴く。

   二月十六日、赤光会の吟行に加りて西伊豆に赴く。船原峠にて

紅梅を麓に惜む峠越

『蓬壺』

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