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お宮の松は、尾崎紅葉の小説「金色夜叉」に由来し、命名された松です。この松は、江戸時代前期(1645年頃)、智恵伊豆と呼ばれた老中松平伊豆守信綱が伊豆を巡視した際に植えさせた松の1本といわれております。 この松は、その姿が美しかったことから、「羽衣の松」とも呼ばれていました。 明治30年(1894年)から読売新聞に連載された「金色夜叉」により、熱海海岸の場が登場したことから人気を集め、また、演歌師のつくった「金色夜叉の歌」が流行し、熱海温泉の名は一躍脚光を浴び、天下の熱海温泉を不動のものとしたものです。このことから、大正8年(1919年)熱海に別荘を持っていた『煙草王』村井吉兵衛や土地の有志によって横磯に「金色夜叉」の碑が建立されました。 この碑には、紅葉の門人であった小栗風葉の句「宮に似たうしろ姿や春の月」が刻まれ、羽衣の松のかたわらに建てられたことから、いつしか「お宮の松」と呼ばれ、熱海の新しい名所となりました。 また、この碑も女性的な感じがから川端康成は、「石そのものも可憐な女の後姿に似た記念碑」と認めています。 昭和24年(1949年)、キティ台風により道路が崩壊されたことにより道路の拡幅が行われ、海側に伸びた大枝が切られ、また、観光地としての発展に伴い、自動車の排気ガス等によりとうとう「お宮の松」は枯れだしました(初代「お宮の松」の樹齢はおよそ300年で、現在のつるやホテル前の歩道から海に向かって約2メートルの場所にありました)。 |

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明治の文豪尾崎紅葉の傑作「金色夜叉」にちなんで建てたものです。 “宮に似たうしろ姿や春の月”・・・・・「終編金色夜叉」を執筆した門弟小栗風葉自作自筆の句が刻まれた記念碑です。 毎年1月17日にはここで尾崎紅葉祭が行われます。 |

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この像は明治時代の新聞連載小説、尾崎紅葉の「金色夜叉」の主人公貫一とお宮の切ない別れを再現したものです。 二人の心の擦れ違い、愛情、悲しみが詰まった印象的な場面であるため、物語を忠実に再現したもので、決して暴力を肯定したり助長するものではありません。 |
