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臼の宮〜市川氏邸内〜

 東小松川には、「臼の宮」といって臼を小祠に祀っている市川家がある。その臼というのは、享保2年に吉宗が来られた際、この市川家に立ち寄られ、庭先にあった臼に腰をかけられて休息されたという。市川家では吉宗公の徳を仰ぎ、この臼を家宝とし、さらには裏庭に小祠を建てておまつりしたため、これを誰いうことなく「臼の宮」と呼んで信仰した。

『小松菜の里−東京の野菜風土記

そこで東小松川3丁目の「臼の宮」を訪ねてみることにした。


 住所を頼りに表札を見て、「『臼の宮』はこちらですか?」尋ねると、裏庭を案内して「鳥居が低いから、頭をぶつけないように。」と注意してくれた。



臼の宮


江戸川区教育委員会の説明が書いてあった。

史跡臼の宮(市川氏邸内)

 由来は享保2年(1717年)将軍徳川吉宗が、当地遊猟の際市川家に立寄り、庭先にあった臼に腰を掛けて休息せられた。

 市川家では吉宗の徳を仰ぎ、この臼を家宝として保存すると共に、裏庭に小祠を建立「臼の宮」として祀ったのが始まりであるという。小祠の中には小さな木札が2枚納められていて、1枚には次のように記されている。

 于時享保二丁酉十二月四日当御将軍右大臣吉宗公様当所江被為遊御成我等庭前被成掛御腰其節此臼江御休足被為遊候臼也

  東小松川村  市川氏久左衛門謹書

小祠の中に臼が祀られていて、臼の上にさらに小祠がある。



小さな木「小さな木札」はこの中にあるのだろう。

 この臼は高さ49、回り約170(単位センチメートル)である。この由来を記したものとして『徳川実記』、『武蔵風土記』と、挿画と和歌の書かれた『四神地名録』がある。

江戸川区教育委員会

 『四神地名録』は寛政7年(1795年)、古川古松軒(ふるかわこしょうけん)が老中戸田氏教より命ぜられて編纂し、幕府へ献上した地誌。江戸とその周辺地域の名所・旧跡を詳細に説明。

 『四神地名録』には「久左衛門といふ百姓の庭に、有徳院様御腰を掛けさせ玉ひし臼あり。迚大な槻の臼に雨覆を図の如く神に祝ひてあり」と記され、臼の挿絵と和歌が書かれているそうだ。

うすからぬ国の恵みをおもひばや厚くも臼を祭り置けり

有徳院は吉宗のこと。

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