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帝釈天〜水原秋桜子の句碑〜

葛飾区柴又の帝釈天(HP)に行ってみた。


柴又村経栄山題経寺に安置す。(江戸より二里半。)当寺は寛永年間の草創なり。縁起に云(いは)く、当寺第九世日敬師在住の頃、堂宇大いに破壊す。師深くこれを嘆き、普く四方に行乞して、再興の志を励まし、終にその堂舎を造り改めんとする時、梁上よりこの板本尊を得たり。旧(もと)当寺に、高祖大士手刻の祈祷本尊と称するものある由、云ひ伝へし事の侍りしも、この時に至りて空しからぬを尊み、則ち本尊とすといへり。

『江戸名所図会』(帝釈天王)

二天門


経栄山題経寺

日蓮宗の寺である。

寛永6年(1629年)、開創。

二天門を入ると、右手に「帝釈天出現由来碑」があった。


 この碑は、安永8年(1779年)題経寺本堂改修のとき発見した日蓮聖人自刻の帝釈天板本尊を後世に伝えるため、弘化2年(1845年)俳人鈴木松什および檀徒石渡忠右衛門等が協力し、その由来を記し、併せて帝釈天の功徳を述べている。

水原秋桜子の句碑があった。


木々ぬらし石うかちつひに春の海

昭和57年(1982年)6月6日、建立。

秋桜子の1周忌を迎える頃である。

『秋櫻子句碑巡礼』(久野治)によれば、第90番目の秋桜子句碑である。

この句の碑は練馬区の長命寺にもある。

帝釈堂


昭和32年(1957年)、石田波郷は柴又帝釈天に参詣している。

人が多いのには驚いた。

矢切の渡しへ。

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