下 町台東区
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見返り柳〜『たけくらべ』〜

土手通りの「吉原大門」に見返り柳の碑があった。


見返り柳の碑


新吉原衣紋坂

見返り柳

 旧吉原遊郭の名所のひとつで、京都の島原遊郭の門口の柳を模したいう。遊び帰りの客が、後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、この柳のあたりで遊郭を振り返ったということから「見返り柳」の名があり、

きぬぎぬのうしろ髪ひく柳かな

     見返れば意見か柳顔をうち

など、多くの川柳の題材となっている。

 榎本其角は吉原を句に詠んでいる。

闇の夜は吉原ばかり月夜かな


   吉原の初午

初午や賽銭よみは芝居から


小林一茶も吉原を詠んでいる。

 1617年、日本橋(現在の日本橋人形町)に吉原遊廓が誕生。1657年、明暦の大火で焼失し、浅草に移転。これが新吉原である。明暦の大火は、振袖火事のこと。

樋口一葉の『たけくらべ』は「廻れば大門の見返り柳いと長けれど」で始まる。

 廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて、 大音寺前と名は佛くさけれど、さりとは陽氣の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦(いへ)もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ處とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形(なり)に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田樂みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、

樋口一葉『たけくらべ』

正岡子規も吉原を詠んでいる。

吉原や晝のやうなる小夜時雨

『寒山落木』(巻四)

この辺りは戦災に遭っていない。

明治の木造建築の店構え


老舗の桜肉鍋「中江」と天麩羅「伊勢屋」

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