2004年下 町

熊野神社〜新中川〜
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都営新宿線一之江駅を降りて、新中川に出る。


瑞江大橋から新中川の写真を撮る。


水上バスが係留されている。

新今井橋の向こうに今井水門が見える。

今井水門の先で旧江戸川と合流する。


合流点の今井児童交通公園に水上バスのりばがある。

合流点を過ぎると、熊野神社がある。


熊野神社


熊野神社

 熊野神社は旧下今井村の鎮守で、「おくまんさま」とよばれて、江戸川を上下する船人の信仰を集めていました。宝永年間(1704−1711)の創建と伝えられ、祭神は伊佐奈美神(いざなみのかみ)です。

 伊佐奈美神(いざなみのかみ)は伊弉冉尊(いざなみのみこと)。伊弉諾尊(いざなきのみこと)とともに国生みをした女神。火の神軻遇突智(かぐつち)を生んだとき、火傷をして死に、黄泉国(よみのくに)へ行った。

 お二人は、早速、天(あめ)の浮橋といふ、雲の中に浮んでゐる橋の上へお出ましになつて、いたゞいた矛でもつて、下の、とろとろしてゐるところを掻(か)きまはして、さつとお引上げになりますと、その矛の刃先についた潮水が、ぽたぽたと下へおちて、それが固つて一つの小さな島になりました。

鈴木三重吉『古事記物語』

おくまんだしの水

 本神社前の江戸川は「おくまんだし」とよばれ、水流の関係で深い瀬となっています。ここの水はとくにきれいで、こなれていたために、昔は徳川将軍家の茶の湯につかわれていたとつたえられています。野田の醤油の製造をはじめ、本所、深川、大島あたりでもこの水を買って飲んだといわれています。

熊野神社前の江戸川


対岸は市川総合ガスセンター。

 すぐ下流の、通称「おくまんだし」は江戸川で一番深いところ、そこの水が茶の湯によいので昔は江戸城から水舟が水をくみにきたという。水流が異様に光ってよどむ上を、葦舟がなお2隻、3隻と上ってくる。

日は低し葦刈舟の水尾を染め

『江東歳時記』(江戸川4丁目で)

水尾(みお)は船の通ったあとに残る泡や水の筋。航跡。

境内の左隅に芭蕉の句碑がある。


茶水汲むおくまんだしや松の花

芭蕉の句と伝えられているが、出典は不詳

昭和43年(1968年)10月15日、句碑建立。

 石田波郷が読売新聞江東版に『江東歳時記』を連載したのは昭和32年から33年にかけて。まだ芭蕉の句碑は無かった。

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