下 町江東区
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香取神社〜亀戸大根之碑〜

 JR総武線亀戸から明治通りを行き、蔵前橋通りを過ぎると、北十間川の手前に香取神社がある。


香取神社


香取神社は亀戸七福神の恵比須と大黒天の神社。

 ちなみに常光寺が寿老人、東覚寺が弁財天、天祖神社が福禄寿、普門院が毘沙門天、龍眼寺が布袋尊。

 香取神社は社伝によれば665年の創建で、藤原鎌足(614−669)が亀の島に船を寄せ、香取大神を勧請し旅の安全を願ったのが始まりといわれ、以来亀戸村の総鎮守として信仰をを集めています。

 平安時代の中期、関東で起こった平将門の乱(935−940)を平定した藤原秀郷が、戦勝の返礼として弓矢を奉納した古事にちなみ、毎年5月5日に勝矢祭が行われています。

香取神社は江東区で最も古い神社である。

香取神社に亀戸大根之碑がある。


江戸・東京の農業亀戸大根

 このあたりで大根づくりが始まったのは、記録によると文久年間(1861〜64)の頃とされ、当香取神社周辺が栽培の中心地で、以来、明治時代にかけて盛んに栽培されてきました。

 当地は荒川水系によってできた肥沃な粘土質土壌であったため、肉質が緻密で白く冴えた肌の大根づくりに大変適していました。

 亀戸大根は、根が30cm程度の短い大根で、先がクサビ状にとがっているのが特長。

 明治の頃は「おかめ大根」とか「お多福大根」といわれましたが、大正初期になって産地の名をつけて「亀戸大根」と呼ばれるようになりました。しかし、宅地化が進んだ大正時代の終り頃から産地は江戸川区小岩や葛飾区高砂などに移っていきました。

 秋から冬に種をまいて早春に収穫となる亀戸大根は、当時は他に大根などの全くない時期で、新鮮な野菜の出始めの頃なので根も葉も共に浅漬けにして美味しいことから、江戸っ子から大いに重宝がられました。

現在では葛飾の3軒の農家で栽培されているだけだそうだ。

梅屋敷趾へ。

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