2007年下 町

葛西神社〜弥栄銀杏〜
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JR常磐線金町駅から江戸川沿いの葛西神社(HP)へ。


正面鳥居


嘉永7年(1854年)、建立

史跡 葛西神社(葛西はやし発祥の地)

 当社は、むかし香取宮と称し、元暦元年(1184年)、下総国香取神宮の分霊を勧請し、葛西あわせて三十三郷の総鎮守として創立したものと伝えられ、天正19年11月、徳川家康より御朱印十石を賜わった。享保年間、当社の神官能勢氏の創作した「和歌ばやし」は「葛西はやし」として江戸市中をはじめ近郷一帯の祭礼時に「はやし」として流行し、今なお当地方の郷土芸能の一つとして伝わり、昭和28年11月3日、東京都無形文化財に指定され、今日に至る。

葛   飾   区
葛飾区観光協会

葛西はやし碑


 文化3年(1806年)9月9日、小林一茶は其日(きじつ)庵四世野逸と香取宮の祭礼を見に行った。

文化3年

 午刻ばかりに金町に至る。爰の祭りは必ことざまのてぶりもやあらんと、久しくより心にかけて、漸ことし見る日を得るはけふ也けりと、老ほこりにほこり来ぬるに、さはなくて世間にありふるゝ操狂言といふものにぞありける。二人は興ざめて、ふたゝび見るべくもあらず。只松の小陰によりて、痩脛の疲れをさする。

   草花に汁鍋けぶる祭哉

『文化三―八年句日記写』

文化4年(1806年)1月15日、野逸は80歳で没。

弥栄銀杏(いやさかいちょう)


 明治の初年(百余年前)迄は金町の明神の森の大銀杏として知られていたが、度重なる此の地方の水害のため、官命により排水を容易にする手段として他の松、杉等、昼尚暗き数々の大木と共に伐採を余儀なくされた。しかし、この樹木の生命力は強く、再び自力で芽を吹き出して雄々しく成長し、今日に至った。その旺盛な生命力を称えて『弥栄銀杏』と命名した。(俗称曾孫生え銀杏(ひこばえいちょう)

神楽殿


大正12年(1923年)、建立。関東大震災の被災にも耐えた建物。

本殿


 経津主神(ふつぬしのかみ)日本武尊(やまとたけるのみこと)徳川家康公の三柱を奉祭している。

石造鳥居


宝暦13年(1763年)、建立。葛飾区最古の鳥居だそうだ。

江戸川土手に上る。


江戸川の鉄橋を千代田線の電車が行く。

鴨がいた。

対岸は松戸市。


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