下 町江東区

indexにもどる

常光寺〜六阿弥陀道道標〜

江東区亀戸4丁目に常光寺がある。


西帰山常光寺

同所一丁あまり巽(たつみ)の方にあり。曹洞派の禅刹にして、橋場の総泉寺に属す。開山は行基大士、中興は勝庵最大和尚と号す。本尊阿弥陀如来の像は、則ち行基大士の作なり。(江戸六阿弥陀第六番目なり。)来迎松は仏殿の前に存せり。(中古火災の時、当寺の本尊火焔を出でゞこの樹上にうつりたまふといへり。)竜燈松は同じ左の方にあり。(時としてこの樹上へ竜燈揚るよしいへり。)毎歳二月八月の彼岸中参詣多し。


常光寺


曹洞宗の寺である。

常光寺は亀戸七福神の寿老人の寺。

 ちなみに香取神社が恵比須と大黒天、東覚寺が弁財天、天祖神社が福禄寿、普門院が毘沙門天、龍眼寺が布袋尊。

常光寺は江戸六阿弥陀6番目の霊場でもある。

阿弥陀坐像


ちなみに江戸六阿弥陀第5番は常楽院

六阿弥陀道道標


 延宝7年(1679)2月15日、江戸新材木町(現中央区日本橋堀留町1丁目)の同行60人により建てられたもの。

 六阿弥陀詣は春と秋のお彼岸に行基菩薩の作といわれる六体の阿弥陀菩薩を安置した寺院を参詣すること。

十日 朝雨 今日より卅日迄六アミダ 千百年供養始

『文化句帖』(文化5年3月)

 文化5年(1809年)3月20日、小林一茶は江戸六阿弥陀第5番の常楽院を参詣。

 文化7年(1810年)8月25日、一茶は松井と江戸六阿弥陀6番の常光寺を参詣。

廿五 晴 松井と六番のミダ参リ 松井泊

『七番日記』(文化7年8月)

岩間乙二は六阿弥陀廻りしたことを夢に見ている。

山下龜戸川ぐちと。めぐり詣る夢の中に。

(よもぎ)にも花さくこゝろ六あみだ


大正3年(1914年)、永井荷風は井上唖々と六阿弥陀詣をした。

微雨午に近く霽る。今年は是非にも六阿彌陀詣をなさむと思ひ居たりしが、雨後の泥濘をおそれて空しく家にとゞまりぬ。亡友唖々子と朝まだき家を出で、まづ龜戸村の常光寺に赴き、それより千住に出で、荒川堤を歩み、順次に六阿彌陀を巡拜せしは大正三年甲寅の秋なりき。荒川堤に狐の腰掛と俗にいふ赤き雜草の花おびたゞしく咲きたるさま今も猶目に殘りたり。

『斷腸亭日乘』(大正13年9月22日)

下 町江東区に戻る