下 町荒 川
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石浜神社〜都鳥の碑〜

東白鬚公園から白鬚橋を渡る。


白鬚橋を渡ると明治通りの北が荒川区、南は台東区。

荒川区に石浜神社がある。


聖武天皇の神亀元年(724年)創祀。

祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と豊受姫神(とようけひめのかみ)

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)は伊勢神宮内宮の祭神、豊受姫神(とようけひめのかみ)は外宮の祭神。

伊勢参宮の代わりに石浜神社に詣でたそうだ。

江戸時代の石浜神社


文治5年(1189年)、源頼朝は奥州征討に際して社殿を寄進したという。

境内に亀田鵬斎の隅田川詩碑、「伊勢物語」の都鳥の碑がある。


左が都鳥の碑で、右が亀田鵬斎の詩碑らしい。

 亀田鵬斎(1752−1826)は江戸後期の儒者。江戸神田生まれ。書を三井親和に、儒学を井上金峨に学ぶ。下町の文人儒者として、経書を講じ多くの書・詩文を作った。著「論語撮解」「善身堂詩鈔」など。

都鳥の碑は文化2年(1805年)建立だそうだ。

 さるおりしも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水のうへに遊びつゝ魚をくふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡守に問ひければ、「これなん宮こ鳥」といふを聞きて、名にし負はばいざ事問はむ宮こ鳥わが思ふ人はありやなしやと、とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

文化12年(1815年)10月20日、小林一茶は石浜神社を訪れている。

   廿 大晴 松戸大庄訪 石浜社ヨリ真先(崎)太神宮

明神に(は)(ふ)り出された霰哉

『七番日記』(文化12年10月)

 真先(崎)太神宮は真崎稲荷神社のこと。天文年間(1532〜1554)石浜城主千葉守胤によって祀られたと伝えられているそうだ。現在は石浜神社に併合されている。

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