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馬込文士村〜川端茅舎〜

大田区池上に「茅舎旧居青露庵」がある。


茅舎旧居青露庵


左側面に茅舎の句が刻まれている。

玉芒ぎざぎざの露流れけり

茅舎の解説板があった。


本門寺近くに住んだ川端茅舎

(1879〜1941)

五重の塔の前の道をだらりと下り、本門寺裏へぬけて急坂を登りつめた左角に川端茅舎が住んでいました。茅舎は日本画家川端龍子の異母亭で、昭和3年、兄龍子の用意したこの家に父親とともに移ってきました。

今では俳人として知られる茅舎ですが、この家に移るまでは俳句と同時に画業もこなす風流人でした。大正10年には洋画家岸田劉生に師事し、同12年に『静物』画が芸術院展に入選しています。

一方、俳諧誌に句が入選するようにもなり、昭和13年には『ホトトギス』紙上で新進作家として取り上げられました。また画師である岸田の死と自分の病がもとで画業から遠ざかったこともあって、この頃より俳句の世界に専念しました。

川端茅舎は、馬込を描写した7句を残しています。

 昭和16年(1941年)7月17日、川端茅舍は大森区桐里町(現:大田区池上)の自宅で死去。43歳。修善寺に埋葬されている。

七月十七日、午後〇時五分、川端茅舍永眠。

 示寂すといふ言葉あり朴散華


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