正岡子規


「上野紀行」

 壇を上りて彰義隊士の墓に謁づ 香花さかんに昔を懐ふ人の絶えぬこそ義士の本望なるべし。

   塚古りて咲くや點々の苔の花

 右の方崖端に臨みて見渡す東京の大道小路大厦矮屋一つとして眼を逃るゝ者あらず。

   日盛りの八百八町焔立つ

 彼方に見ゆるは淺草の森、五重の塔高くそれよりも猶高きは

   雲の峰凌雲閣に並びけり

 木の間づたひに清水堂に上る。

   涼しさや梅も櫻も法の風



 屹として聳ゆる者あり。標して寛永寺中堂と云ふ。

   破風赤く風緑なり寛永寺

 寺院寺院の中を通りぬけて音樂學校美術學校の前より動物園のほとりに出づ。百鳥百獣檻を共にし籠を並べたり。

   夏痩としもなき象の姿かな

 東照宮に詣でゝ金碧の美しきを見る。

   古杉や三百年の風薫る

 ひしひしと並ぶ石燈籠敷き列ねたる石疊いづれも昔の權の形見にぞありける。

   神前の鳥居を上る毛蟲かな

 石階を下りて不忍辨天に蓮の花を見る。いづくにか琵琶の聲かすかに聞こえてこゝ都の片はづれとは思はれず。身心たゞ清淨に覺えて有難くも尊し。

   晝中の堂靜かなり蓮の花

 一時間の漫遊こゝに了りて再び身を俗界の中に投じ去りぬ。

(日本 明治27・7・22)

このページのトップに戻る

正岡子規に戻る