正岡子規の句碑


雪の間に小富士の風の薫りけり

松山市高浜町5丁目に松山市観光港がある。

松山市観光港前に正岡子規の句碑があった。


雪の間に小富士の風の薫りけり

『寒山落木 巻四』(明治二十五年 夏)収録の句。

平成12年(2000年)10月6日、高浜地区自治連合会建立。

幻の「延齢館」

 高浜海水浴場の納涼席のような目的で建てられたであろう「延齢館」明治37年6月、「延齢館」の在った高浜1丁目の小僧坂とともになくなった。

雪の間に小富士の風の薫りけり

 明治25年7月15日(金)子規は虚子宅を訪問。碧梧桐も加わり3人で高浜の延齢館に行き、雪の間に入る。競吟(せりぎん)5題(「梅干」「雨乞」「打水」「昼顔」「風薫る」)を行った。この句は、このときに詠んだものか。

 夏目漱石は明治28年4月松山中学に赴任し、その年の夏に漱石と子規らがこの延齢館に遊んでいる。

 また、漱石は子規と共に延齢館ですごしたひと夏の思い出から、四十島の印象を「坊ちやん」の中に、書きあらわしたものと思われる。

 漱石をはじめ子規を囲んでの門下生たちによる句会も、この延齢館でたびたび行われたようである。

 幻となった「延齢館」の存在を知る人もほとんどいなくなった現在、後世に伝えるために、新しく松山観光港ターミナルビルが完成したのを記念してこの句碑を建立する。

大正元年(1912年)11月12日、志賀直哉は高浜に着いた。

 濱へついたのが一二時過ぎてゐた。坊つちやんの飛び下りたのは三津かも知れない。驛に菊花ある。一等と三等きりない。古町でのりかへ道後へ行く。松山の城が聳えてゐる。道後の向きは豫想と松山から反對のガワにあつた。

[暗夜行路草稿4]

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