子規ゆかりの地



鎌倉大仏

大佛のうつらうつらと春日かな

 明治21年(1888年)8月初め、正岡子規は鎌倉を訪れる。その際喀血したそうだ。

 明治26年(1893年)3月26日、正岡子規は再び鎌倉を訪れる。27日、鎌倉大仏の句を詠んでいる。

鎌倉大仏


 こゝは何、かしこは何、日蓮の高弟日朗の土窟は此奧なりなど一々に隱士の案内なり。大佛は昔にかはらぬ御姿ながらもその御心には數百年の夢幻何とか觀じ給ふらん。きのふ見し人はけふ見る人にあらず、けふ見る人は明日見ん人にもあらず。況して今の人七百年の昔も知らねば七百年の昔いかでか今の世を推し量らん。

   大佛のうつらうつらと春日かな

「鎌倉一見の記」

高徳院「鎌倉大仏」には与謝野晶子の歌碑がある。

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