種田山頭火の句碑

是が河豚かとたべてゐる

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中津市中津市枝町に料亭「筑紫亭」がある。


玄関の前の小庭に山頭火の句碑があった。


是が河豚かとたべてゐる

 昭和5年(1930年)11月16日、種田山頭火は筑紫亭の句会で初めて河豚を食べた。

 十一月十六日 曇、句会、今夜も昧々居の厄介になつた。

しぐれ日和である(去年もさうだつた)、去年の印象を新らたにする庭の樹々――山茶花も咲いてゐる、八ツ手も咲いてゐる、津波蕗もサルピヤも、そして柿が二つ三つ残んの実を持つたまゝ枯枝をのばしてゐる。

朝酒、何といふうまさだらう、いゝ機嫌で、昧々さんをひつぱりだして散歩する、そして宇平居へおしかけて昼酒、また散歩、塩風呂にはいり二丘居を訪ね、筑紫亭でみつぐり会の句会、フグチリでさんざん飲んで饒舌つた、句会は遠慮のない親しみふかいものだつた。

 これが河豚かと食べてゐる(筑紫亭句会)

・河豚鍋食べつくして別れた(  〃  )


 昭和13年(1938年)3月15日、山頭火は中津の木村宇平宅を訪ねている。

 昭和50年(1975年)11月16日、土生秀夫亭主・有志建立。荻原井泉水揮毫。

 『山頭火句碑集』(防府山頭火研究会)によれば、16番目の山頭火句碑である。

 昭和40年(1965年)10月16日・17日、高野素十は筑紫亭で中津芹百号祝賀。

   同十六日、十七日 中津芹百号祝賀 筑紫亭

てのひらの上に秋繭一つのせ

『芹』

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