月が酒がからだいっぱいのよろこび
種田山頭火の句碑
月が酒がからだいっぱいのよろこび

昭和11年(1936年)6月月13日、 種田山頭火は鶴岡の和田光利(秋兎死)を訪ね、湯田川温泉で豪遊している。
鶴岡市大山2丁目の大山川右岸に小さな駐車場がある。
駐車場に山頭火の句碑があった。

月が酒がからだいっぱいのよろこび
昭和12年(1937年)1月25日、小郡(現:山口市)の其中庵で詠まれた句。
一月廿五日 時雨
。
水底の魚のやうに自己にひそんでゐた。――
食べる物がなくなつた、――何もかも無くなつた。
Kから手紙が来ないのが気にかゝる、この気持はなかなか複雑だが。
空腹が私に句を作らせる、近来めづらしくも十余句!
夜、食べたくて飲みたくて街へ出かける、M屋で酒二杯、M店でまた二杯、そしてS屋でうどん二杯、おまけにうどん玉を借りて戻る。……
十三夜の月があかるかつた、私はうれしかつた。
月が酒がからだいつぱいのよろこび
『其中日記(十)』
平成6年(1994年)2月、建立。
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