種田山頭火の句碑

伊豆はあたたかく野宿によろしい波音も

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下田に泰平寺という寺がある。


長松山泰平寺


臨済宗建長寺派の寺である。

泰平寺境内に種田山頭火の句碑があった。



伊豆はあたたかく野宿によろしい波音も

『草木塔』の句である。下田で詠まれた句かどうか、わからない。

 昭和11年(1936年)4月22日、種田山頭火は下田にやってきて、まず玉泉寺を訪れた。

下田近くなると、まづ玉泉寺があつた、維新史の第一頁を歩いてゐるやうだ。

浜崎の兎子居に草鞋をぬぐ、そして二三子と共に食卓を囲んで話しつゞける。

酔ふて書きなぐる、いつもの私のやうに。

そして一郎君と枕をならべて熟睡。


昭和57年(1982年)3月27日、泰平寺二十一世碩宗建立。

 種田山頭火は昭和11年4月伊豆の俳友をたずねる旅をした。生前の山頭火と親しく、死後その顕彰につとめた大山澄太氏の揮毫により句碑の建立となる。

『山頭火句碑集』(防府山頭火研究会)によれば、34番目の山頭火句碑。

 山頭火には伊豆半島の旅もあった。それは昭和十一年四月、伊豆の俳友松木一郎・土屋兎子・佐藤専子などを訪ねて、好きな温泉と酒で一浴一杯を楽しんだ十日間の旅である。

 それから四十五年後、大山澄太氏はその足跡を伊豆から下田へと訪ねて泰平寺に宿泊した。伊豆の仏現寺にある日本三大句碑の一つである荻原井泉水師の句碑と並んで、伊豆に山頭火の句碑があってもよいといわれ、山頭火生誕百年記念に泰平寺境内に建立した。

(安藤瑞岳)

この句の碑は「いず松蔭」にもあった。


伊豆はあたたかく野宿によろしい波音も

寝姿山へ。

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