種田山頭火の句碑

ほっかり左め天(さめて)

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 山頭火が大山澄太氏の紹介状を持って、昭和町の父高橋一洵(本名 始)を訪れたのは昭和十四年十月一日のことであった。このとき父は「悩み限りなく悲しみ果てなき業の深草を、かき分けかき分け懺悔にただ泣きぬれて、ひたすらに魂のふるさとの母を慕ひつゝ現実に鈍愚の一路を辿りゆくもの―」と山頭火の人となりを見てとった。

『山頭火句碑集』

松山市昭和町の高橋一洵宅跡に山頭火と一洵の2句1基の句碑がある。



ほっかり左め天(さめて)
   山頭火

学ぶことはきびしい鴉ないてゆく
   一洵

山頭火の句は昭和15年(1940年)1月に詠まれた句。

『愚を守る』に「松山時代」の句として収録されている。

昭和53年(1978年)8月6日、高橋一洵宅に建立。

23番目の山頭火句碑である。

転居先の松山市畑寺に移転。

平成25年(2013年)6月、現在地に里帰りした。

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