2011年埼 玉

中 院〜島崎藤村先生記念碑〜
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川越市小仙波町に中院(HP)という寺がある。


中院山門


天長7年(830年)、慈覚大師によって創立された。

天台宗別格本山である。

星野山中院


本堂の手前左手に「島崎藤村先生記念碑」があった。


「不染」の字が刻まれている。

 表題「不染」の字は藤村先生が静子夫人の母加藤みき刀自に昭和4年に贈られた扁額を謹写謹刻したものである。

 義母みき刀自は茶道の師匠で「不染」と号す。依って先生は「不染亭」と揮毫し贈る。

 星野山中院は加藤家の菩提寺で、先生の義母蓮月不染大姉の奥津城も境内の墓地にあり、藤村先生、義母の葬儀、法要に幾度か来山せられ、殊の外志垂桜・竹林を愛さる。ここに先生の面影を偲び、記念碑を建立す。

 記念碑建立に際し、静子夫人の里新富町加藤マツイ夫人(義姉)のご好意と藤村先生の里馬籠の島崎楠雄氏(ご長男)のご指示を謝す。

   昭和55年8月22日 藤村先生命日

天台宗別格本山中院六十七世信海

昭和3年(1928年)11月3日、島崎藤村は加藤静子と再婚。

昭和4年(1929年)、「中央公論」に『夜明け前』の連載を始める。

昭和15年(1940年)5月、加藤みきは73歳で生涯を閉じた。

昭和18年(1943年)8月22日、藤村は71歳で逝去。

大磯町の地福寺に埋葬される。

不染亭


不染亭は昭和の文豪島崎藤村先生が静子夫人の母堂加藤みき刀自に昭和4年に贈られた茶室で、川越市新富町に建てられて在りました。

この度此処に株式会社長谷工がマンションを構築することになり、川越市当局、長谷工、藤村学会、地元有志の熱望に依り、加藤家の菩提寺星野山中院に移築することを委嘱されました。

移築に当って住職並びに中村工務店は責任を以って事に当り、茶道会館に学び、表千家妙風会の尽力を得て、誠心誠意遂行されました。

茲に藤村先生の母堂に贈られた孝心と遺徳を偲び、昭和の川越市の文化財として長く活用し、伝承して行きたいと思います。

平成4年11月17日 星野山中院六十七世表千家妙風会々長仁平信海

狭山茶發祥之地


河越茶・狭山茶の起源

 夫れ茶は遠く平安の昔傳教大師最澄和尚中国天台山国清寺より伝来し、京都に栽培せしより始まる。

 慈覚大師圓仁和尚天長7年(830年)當地仙波に星野山無量寿寺仏地院建立に際し比叡山より茶の実を携え境内に薬用として栽培す。これが河越茶・狭山茶の起源である。

 当山茶園の茶林を此処に移植し長く伝承す。

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