天保2年(1831)年、可布庵逸淵は芭蕉の句碑建立を発願。 |
安政5年(1858年)、逸淵は円筒形の鋳造句碑を建立。記念集『すみれ塚集』。 |
祖翁発句塚供養 |
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山路来て何やらゆかし菫草 | 翁 |
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てふのやとりのさたかなる月 | 逸淵 |
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ぬるミ引つくミ手洗の水かへて | 西馬 |
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問へも受るも声をひそむる | 弘湖 |
『諸国翁墳記』に「鉄碑翁塚 武蔵国児玉郡八幡山町鎮守八幡宮境内 可布庵逸渕建」とある。 |
御祭神は譽田別尊(ほんだわけのみこと)、比売大神(ひめのおおかみ)、息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)の3柱。 永承6年(1051年)、源頼義、義家親子が奥州征伐に向かう折に立ち寄り戦勝を祈願。 康平6年(1063年)、義家は奥州平定の後京都の石清水八幡宮をこの地に勧請した。 |