2009年埼 玉

川口善光寺〜芭蕉の句碑〜
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川口市舟戸町に善光寺という寺がある。


建久6年(1195年)、開創。

真言宗智山派の寺である。

【江戸名所図会】(川口善光寺)


川口村渡場の北にあり。天台宗にして平等山阿弥陀院と号す。本堂には阿弥陀如来・観音・勢至一光三尊を安ず。寺伝に曰く、往古定尊といへる沙門あり。法華経を誦するの外他なし。建久五年の夏一時(あるとき)睡眠の中に、信州善光寺如来の霊告を得る事あつて、直ちにかしこにまうで、正しく如来の聖容を拝す。示現に依つて、十方に勧進し財施を集め、金銅を以つて中尊阿弥陀仏を鋳奉る。時に建久六年己卯五月十五日なり。


 川口の善光寺は甲府の善光寺と長野の善光寺とともに日本の三大善光寺と言われているそうだ。

佐久間柳居は川口善光寺で詠んだ句を残している。

   川口善光寺

この寺を極彩色に花の雲

昭和43年(1968年)3月23日、焼失。

現在の川口善光寺


荒川土手の堤防工事が進められている。

空き地に芭蕉の句碑が横たわっていた。


八九間空て雨ふる柳かな

元禄7年(1694年)春、芭蕉51歳。

『続猿蓑』巻頭の句である。

荒川の鉄橋


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