大正12年(1923年)、会館建設計画されるが、関東大震災で建設は延期。
大正13年(1924年)1月26日、久邇宮邦彦王第一女子の良子女王と成婚。
大正14年(1925年)、渋沢栄一が中心となった寄付で会館建設着工。
大正15年(1926年)11月6日、「御成婚記念埼玉會館」として誕生。 |
|
当初、時計塔の上には女神像が設置されていたが、「裸婦が風景を乱す」などの意見が出され、わずか4ヶ月で取り外されたそうだ。 |
現在は大宮区の歴史と民俗の博物館の中庭に置かれている。

制作者は不明。
渋沢栄一像

昭和3年(1928年)、倉田白羊制作。
旧埼玉会館の図

昭和43年(1968年)、関謙悟制作。
昭和41年(1966年)5月27日、新埼玉会館が開館。
昭和49年(1974年)、映画『砂の器』公開。 |
交響曲「宿命」が披露されるシーンの会場として埼玉会館が使われた。
珠/Gem

アートに出会うまちづくり
平成7年(1995年)、多田美波制作。
右後ろから

平成26年(2014年)3月20日、多田美波は89歳で没。
大ホールホワイエ前中庭に「カリヤの女」像があった。

平成24年(2012年)寄贈。重岡建治制作。
正面から見ることはできない。
右側面

2024年〜埼 玉〜に戻る
