2019年大 分

長湯温泉〜碑巡り〜
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長湯温泉には20基ほどの文学碑があるそうだ。

上野屋旅館裏に椋鳩十の句碑があった。


合歓林
越えて夏鶯の
長湯かな

椋鳩十は本名久保田彦穂。動物文学の代表的人物。

昭和62年(1987年)12月27日、82歳で没。

塩手酒店入口に河東碧梧桐の句碑があった。


山をやく相談の酒になる哉

『八年間』に収録。大正6年(1917年)の句。

松尾理髪店前に種田山頭火の句碑があった。


剃りたての
あたまに
ぞんぶん
日の光

出典は『行乞記(一)』

昭和5年(1930年)11月9日の句。

種田山頭火は竹田から長湯を経て湯平へ行乞した。

現在は営業していない。

伊藤医院前に松尾武幸の歌碑があった。


飲んで効き長湯して利く
   長湯のお湯は
      心臓胃腸に血の薬

松尾武幸は九州帝国大学教授博士醫學博士。

 伊藤医院は“日本一の炭酸泉”として有名な長湯温泉を活用した温泉療法に取り組んでいるそうだ。

かどや旅館入口に与謝野晶子の歌碑があった。


蛾となりて
   やがてはこゝへ
飛びて来ん
   芹川に添ふ
      小さきともし灯

甲斐宅前にも山頭火の句碑。


宿までかまきりついてきたか

米屋の跡地である。

昭和5年(1930年)11月8日、種田山頭火は米屋に泊まっている。

足立宅前に田山花袋の歌碑があった。


おく山のあかつきかたのほととぎす

ここちよしやと絶えず啼くらん

大丸旅館の壁に開高健の句の銅板があった。


朝露の一滴にも
 天と地が
映っている

大丸旅館(HP)前に与謝野鉄幹・晶子の歌碑。


芹川の湯の宿に来て灯のもと秋を覚ゆる山の夕立
   鉄幹

湯の原の雨山に満ちその雨の錆の如くに浮かぶ霧かな
   晶子

 昭和7年(1932年)8月2日、与謝野鉄幹・晶子夫妻は大丸旅館に泊まった。

川端宅にも山頭火の句碑。


   湯がわたし一人を
あかつきの
   あたためてくれる

昭和5年(1930年)11月9日の句である。

旅館紅葉館の芹川側入口に花田比露思の歌碑があった。


芹川の瀬の音にまじる蛙のこゑ

たびねの床に聞きつつ飽かず

芹川を渡る。

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