2019年大 分

権現山公園〜碑巡り〜
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竹田市直入町大字長湯に竹田市立直入小学校がある。

平成19年(2007年)4月、長湯小学校と下竹田小学校が統合し、開校。

直入小学校の裏に権現山公園がある。

権現山


手前は芹川。

権現山は今から8万年位前に阿蘇山の噴火の折りその火砕流が堆積したものと言われております。阿蘇山は今残っている外輪山から想像すると日本一の富士山より高かったと言われており、その噴火は極めて大規模なものだったと思われます。

また、権現山は大きな船を逆さにした形に似ており、その昔大船山に向かって航行中の船が何らかの原因で転覆したものという逸話もあり、一時船山植物園と呼ばれ、頂上には日清、日露、太平洋戦争の戦没者の慰霊碑や与謝野鉄幹・晶子ご夫妻などの歌人の歌碑が設けられております。

花田比露思の歌碑


小夜ふかく耳
傾けて聴くもの
か河鹿に似たれ
遠田の蛙

花田比露思は福岡県出身。本名は大五郎。

昭和42年(1967年)7月26日、85歳で死去。

与謝野晶子の歌碑


蛾となりてやがて
はここへ飛びて来
ん芹川に添ふ小
きともし火

与謝野晶子の歌碑


湯の原の雨山に
満ちその雨の錆
の如くに浮ぶ霧
かな

「草と月光」に収録の歌。

 昭和7年(1932年)8月2日、与謝野鉄幹・晶子夫妻は長湯の大丸旅館(HP)に泊まった。当時は湯之原温泉と呼ばれていた。

大久保貞義の歌碑


芹摘みて冷えし
手先を芹川の
岸辺に湧ける
湯にあたたまる

 明治33年(1900年)、大久保貞義は久住町都野石田に生まれる。花田比露志とは親交が深かった。

 昭和48年(1973年)1月25日、72歳で没。

 平成4年(1992年)、久住町は大船山南西の高原に「その昔火を噴き石を飛ばしたる噴火口に咲みやまきりしま」の歌碑を建立。

種田山頭火の句碑


まだ奥に家
がある牛を
ひいてゆく

昭和5年(1930年)11月9日の句。

種田山頭火は竹田から長湯を経て湯平へ行乞した。

與謝野鉄幹の歌碑


芹川の湯の宿に
来て灯のもとに
秋を覚ゆる山
の夕立

野口雨情の歌碑


久住山から夜
くる雨は長湯
ぬらしに降るの
やら

万葉の歌碑


明日よりは吾は
恋ひむな名欲山
岩踏み平し君が
越えいなば

万葉の歌碑


命をしま幸く
もがも名欲山岩
踏み平しまたま
たも来む

『万葉集』(巻第九)収録の歌。

忠魂碑


『万葉集』(巻第十一)収録の歌の碑もあったようだが、見逃した。

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