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知内温泉「ユートピア和楽園
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知内町湯ノ里に八雲温泉ユートピア和楽園」(HP)がある。


開湯約800年、北海道最古の温泉である。

知内温泉の歴史

 宝治元年甲州の城主源頼郷の命を受けた荒木大学は堀子数百人を引きつれて金山見立の為渡道して今の湯の里に居城を造った。(800余年前)当時の堀子等湯の湧出しているのを発見し、草小屋を建て打身・切疵等を治療した所、其の効能直ちにあらわれたと旧書にあります。

 寛文5年九代の城主松前志摩守高広公の奥方が御入湯に当り福島村土戸門治兵衛の先祖に仮家造営を仰せ付け御入湯せりとあります。宝永元年8月23日に湯倉神社の小祠を福島村の中島弥平治が之を建てて大貴命神(オオムジナノカミ)、少彦名神(スクナヒコノカミ)の二柱を祭祠しました。

 薬祠杉は当時奥方の御手植の杉で樹齢500年、幹の周囲は4.0mもありましたが、大東亜戦争の折際に献木してしまいました。その切株は今も残っています。

 松前公は其の後、湯守をおいて温泉の発展をはかり、第一代湯守三重郎より第十代八太郎に至っています。これが知内温泉の祖先です。一説には松前志摩奥方(姫と云う)はキリシタン信者であったので切石の沢(今の姫の湯の沢)で刺客の凶刃にたおれ、今の福島町「丸山の館」石山に御櫛塚を祭られたと文化3年に記した旧書にあります。

 明治27年、十一代湯守り泉作右衛門より、函館市元町森川菊松之を貰いうける。明治30年茂別村佐藤弥惣右ヱ門之を弐百五拾円で買受、現在に至る。

 一代 弥惣右ヱ門 二代 昌蔵 三代 昌介

ユートピア 和楽園 知内温泉

料金は460円。

まず、混浴露天風呂に入ってみた。


混浴とはいっても、他に誰も入っていなかった。

熱いと聞いていたが、温めでゆっくり入ることができた。

下の湯


泉質はナトリウム−塩化物・炭酸水素塩泉。泉温は49.4℃。

上の湯


源泉名は湯ノ里2号井(丙)。自然湧出。湧出量は毎分53リットル。

 泉質はナトリウム−塩化物・炭酸水素塩泉。掲示用泉質:塩化物泉。泉温は60.4℃。pH6.6。

すべて掛け流し。

「日本秘湯を守る会会員の宿」である。

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