昔の温泉群 馬

万座温泉「豊国館」

白根火山ゴンドラ山麓駅から弓池へ。


弓 池


まだ蝦夷竜胆(えぞりんどう)が咲いていた。


弓池から万座温泉へ。


原始以來斧鉞を入れざる處女林に抱擁され紫外線強く高山療養地──温泉療養地として日本に於ける唯一の權威地であるのであります。

『万座温泉俳句集』

今日は「豊国館」のお風呂に入ることにする。

万座温泉「豊国館」(HP)は昭和2年創業。

万座温泉は群馬県にあるが、それでも信州秘湯会会員の宿である。

日帰り入浴は500円。

「豊国館」内湯


源泉名は豊国館苦湯。

 泉質は酸性・含硫黄−ナトリウム−硫酸塩温泉(硫化水素型)(酸性低張性高温泉)。pH2.04。泉温は75.8℃。

大露天風呂は混浴。

 湧出量は測定不能ということだが、広くて深い浴槽である。それだけ湯量が豊富なのだ。

女性がバスタオルを巻いて入っていた。

女性専用ひのきの露天風呂もある。

「豊国館」の前に句碑があった。


時鳥鳴くよ招くよ湯の万座   六山人

 水野六山人は本名豊。「豊国館」の先代の主人で、五色温泉「五色の湯旅館」の主人水野竹山の父親である。

大正10年(1921年)10月、長谷川零余子は俳誌「枯野」を創刊。

大正15年(1926年)8月、浅間山麓吾妻高原に林間俳句學校を建設。

昭和3年(1928年)7月27日、零余子は亡くなる。享年42歳。

 10月、「枯野」を「ぬかご」と改題し、経営は水野六山人に移る。

昭和4年(1929年)7月、林間俳句學校を万座温泉に移校。

昭和9年(1934年)、『万座温泉俳句集』刊。

 「いい湯だな」のオリジナル(1966年)はデュークエイセス「にほんのうた」シリーズの群馬県の歌。「湯気にかすんだ白い人影 あの娘かな あの娘かな」は「万座の湯」。

 2年後ザ・ドリフターズがカバーした時に、「白浜の湯」になってしまった。

「おざわひとしの温泉のことをもっと知ろう」により、加筆訂正。

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