2011年新 潟

達者港〜与謝野晶子〜
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県道45号佐渡一周線を行き、佐渡市達者の達者港へ。


達者港


達者について 新潟県佐渡市達者

 当地は達者と言います。このめずらしい地名は、安寿伝説にまつわる盲目の母と厨子王が達者で再会した地として、ここを訪れた人びとにいっそう印象深くしております。

 このムラの成立は古く、水田に開かれている海岸段丘上には古代の須恵器の出土があります。また、この川の上流には銀山の古間歩(ふるまぶ)(坑道)や、南の坂の途中には延命地蔵尊をまつる安寿伝説ゆかりの「目洗い地蔵堂」もあります。

 伝説では。むかし国仲の大野村より本間源左衛門という人が来て、はじめてムラづくりをしたと伝えられています。すぐそばにある鎮守の白山神社の社人がこの源左衛門でありました。江戸時代のはじめ、相川に金山が栄えると、達者へもたくさんの人たちが集まってきたのであります。

 入り江に庇を接してできた、小さなこのムラは、昭和初年に、いちやく日本的な海岸景勝地「尖閣湾」への観光船の発着地として有名になりました。尖閣湾は南の大崎鼻より北へ沿岸2キロにわたる海岸線に展開する段丘懸崖美で佐渡を代表する観光地です。

 ここから望む夕陽は、岩の景観にもまして素晴らしいものがあります。

 佐渡の海女 夫の岩におつる日を

            むかへて躍る 沖の白波


皆様 お道よう

「尖閣湾」への観光船


 昭和9年(1934年)11月、与謝野寛・晶子夫妻は尖閣湾を訪れている。

海を見て風荒ければ我れ縋る尖閣湾の上の田の茅


覗かんと尖閣彎の成れるには關りのなき田の路を行く

『冬柏』(續越佐詠草)

 昭和34年(1959年)8月23日、久保田万太郎は日帰りで佐渡へ。

   八月二十三日午前八時、羽田を發ち、新潟を
   經て佐渡におもむき、特別観光車といへるバ
   スにて島内を一巡、午後八時、羽田に帰着。

日歸りで佐渡をみて來し殘暑かな

   佐渡にて(三句)

秋風や尖閣灣の礁めぐり

秋風やいつの世よりの鬼太鼓

膳殘暑皿かずばかり竝びけり

『流寓抄以後』

平成8年(1996年)、尖閣湾は「日本の渚100選」に選定された。

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