2012年新 潟

新津駅〜碑巡り〜
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JR信越本線新津駅東口下車。


駅前に石塚友二の句碑があった。


月仰ぐ顔に煤降る新津駅   友二

石塚友二(俳人・小説家、1906〜1986)

 石塚友二は、阿賀野市(旧笹神村)の出身である。1924年上京し、辛苦の末小説家・俳人として名をなした。

 小説は横光利一に師事し、『松風』で池上信三郎賞を受賞。俳句では石田波郷の後を継いで俳誌『鶴』の主宰として多くの俳人を育てた。

 この句は、つねづね「新津駅は私のふるさとだ」と語っていた友二が帰郷の折、駅に降り立って月を仰いだ時の感慨が詠まれている。

 鉄道の町として栄えた新津は、蒸気機関車の煙突から吐き出される煤で洗濯物も外に出されず、空を飛ぶ雀も黒かったという。更には町全体が煙の臭いにみちていた。そんな雰囲気が淡々と表現されており、蒸気機関車全盛時代の姿を彷彿させる作品である。

平成18年(2006年)9月、建立。

新津駅の南に坂口安吾の文学碑があった。


坂口安吾文学碑注釈

表面「あちらこちら命がけ」

 これは、安吾が妻美千代に書き与えた安吾直筆の色紙の写しである。安吾の生き方を的確に表現している。

裏面「吹雪物語」

 自筆原稿から「新津に汽車が……」の一節が刻まれている。

 坂口安吾は、昭和34年、49歳で急逝し、父祖の地で本籍がある市内大安寺に今も眠っている。

 私たちは、故郷「新津」を安吾研究の情報発信地、そして安吾に関心を持つ人たちが集い、交流するまち(安吾の町)へと発展することを期待し、この文学碑を建立しました。

新津安吾の会 会長 斎藤久夫

「裏面」は見なかった。

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