私の旅日記2009年

望月宿〜中山道〜

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佐久市望月は旧中山道の25番目の宿場町。


 慶長7年(1602年)、大森久左衛門吉国が徳川家康の命を受けて設置した宿駅である。

 日光例幣使の一行は毎年4月1日に京都を出発し、4月9日に望月宿に宿泊した。

本陣跡は望月歴史民族資料館になっている。

隣に御本陣大森小児科医院があった。


文化財真山家


国の重要文化財である。

脇本陣で問屋と旅籠を兼ねていたそうだ。

「山城屋」(HP)の看板が見える。


古い家並みが続く。


 享和2年(1802年)4月2日、太田南畝は望月宿に泊まっている。

やうやうにもとめ得て望月の駅につき□□□が家をあるじとす。此比日くれぬうちにのみやどりとりしが、けふは道ことに遠く、山をこえ雨をしのぎしかば、従者もみなつかれふしぬ。今宵の宿の家、土もてぬれる壁なり。木曾路のごとき板家にあらず。


 嘉永6年(1853年)5月20日、吉田松陰は江戸に行く途中、和田から望月を経る。

二十日  朝翳、巳にして晴る。和田を發し長久保に至り、一嶺を越え、蘆田・望月を經。望月にて津和野侯龜井隱州の西歸するに遇ふ。


弁天窟へ。

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