2019年長 野

国道406号〜小林一茶の句碑〜
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長野市の国道406号沿いに小林一茶の句碑が9基ある。

田町西交差点北西側


秋風に歩いて逃げる螢かな

出典は『七番日記』。

文化10年(1813年)8月、一茶51歳の句。

柳沢京子筆

柳沢京子は切り絵作家。長野県北佐久郡生まれ。

田町西交差点南西側


投げ出した足の先なり雲の峰

文化10年(1813年)6月の句。

金子兜太

三輪田町西北西側


あの月を取ってくれろと泣く子かな

文化10年(1813年)8月の句。

金子兜太筆

 文化10年(1813年)6月18日、一茶は善光寺桂好亭で癰(よう)を病み、75日間も滞在して療養生活を送った。

十八 桂好亭ニ入 仝礼踊 去十五日癰兆シ今日甚

『七番日記』(文化10年6月)

桂好亭は上原文路宅。癰(よう)は悪性の腫物。

4基目は「ちょっ蔵おいらい館」の前にある。

大門交差点北東側


雀らも親子連れにて善光寺

文化15年(1818年)3月の句。

小松玄澄筆

小松玄澄は善光寺大勧進副住職。

善光寺にも句碑がある。 大門交差点南西側


稲妻や一もくさんに善光寺

文化十二[年]七月部に収録の句。

柳沢京子の切り絵である。

7基目は「西方寺」の前にある。

「西方寺」の向かい


雪とけて町一ぱいの子どもかな

文化11年(1814年)3月の句。

田辺聖子筆

信濃町立柏原小学校には「村一ぱいの」の句碑がある。

信州大学教育学部前


花散るやこの日は誰が往生寺

文化15年(1818年)3月の句。

鷹司誓玉筆

鷹司誓玉は善光寺大本願上人。

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