2010年長 野

明泉寺〜観音堂〜
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佐久市街から県道138号線香坂中込線を行く。


佐久市香坂西地の閼伽流山麓に明泉寺という寺がある。

明泉寺の石段


閼伽流山明泉寺


天台宗の寺である。

慈覚大師の開基といわれている。

本坊から観音堂へ山道を登る。

「南朝忠臣香坂高宗」の碑があった。


陸軍大将大迫尚道謹著

 閼伽流城址は南朝の忠臣香坂高宗が後醍醐天皇の第8皇子宗良親王を奉じた所と伝えられるそうだ。

 大迫尚道は日露戦争に出征し、第2軍参謀長に就任する。第2軍の司令官は奥保鞏。

 昭和11年(1936年)5月18日、種田山頭火は荻原井泉水の弟子関口江畔と明泉寺を訪れ、「南朝忠臣香坂高宗」の碑を見ている。

信濃――北国山国はどこでもさうであるが――梅桜桃李一時開で、自然も人間も忙がしい。

此地方には山羊が多い、おとなしい家畜だが、あの鳴声はさびしい。

一里あまり歩いて、香坂明泉寺。

自然石のよい石碑が立つてゐる、曰く

   南朝忠臣香坂高宗


佐久平を見下ろす。


鐘 楼


観音堂


観音堂の裏の道を下ると、芭蕉の句碑があった。


觀音の甍見や李つ花の雲

出典は『末若葉』(其角編)。

貞亨3年(1686年)、芭蕉43歳の時の句。

権大教正三森幹雄書。

昨年も明泉寺で芭蕉の句碑を探したが見つからず、鹿の角を拾って帰ってきた。

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