昭和11(1936年)6月、『灑塵』(酒田短歌会編)刊。
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庭に斎藤茂吉の歌碑があった。

魚くひて安らかなりし朝めざめ藤井康夫の庭に下りたつ
昭和22年(1947年)2月21日、藤井康夫邸の庭で詠まれた歌。
まだ食糧難の時代であった。
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酒田
魚くひて安らかなりし朝めざめ藤井康夫の庭に下りたつ 十月二十一日
安種亭のことをおもひて現(うつつ)なる港に近き道のぼりけり
下の山は今の本町三丁目不玉のあとといへば戀(こほ)しも
酒田なる伊東不玉のあとどころ今は本町三丁目にて 「酒田」補遺
『白き山』
「安種亭」は寺島彦助。安種亭令道は俳号。
茂吉は酒田の街を散策し、22日に象潟へ。
昭和28年(1953年)2月25日、斎藤茂吉没。
昭和53年(1978年)5月、藤井康夫歌碑建立。
斎藤茂吉記念館によれば、55番目の茂吉歌碑である。
昭和58年(1983年)、藤井康夫没。
左手に藤井康夫の歌碑があった。

虎耳草もどくだみも咲き梅雨ふけし草いちめんの草房に坐す
虎耳草(こじそう )はユキノシタのこと。漢方薬。
平成8年(1996年)5月、酒田短歌会建立。
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