2012年宮 城

登米町教育資料館〜「奥の細道一宿の地」〜
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登米市登米町寺池桜小路に登米町教育資料館がある。


登米町教育資料館


国指定重要文化財 旧登米高等尋常小学校

登米町教育資料館

建築の特色

この校舎は、宮城県建築技師となった山添喜三郎氏の設計によるものである。建物全体としては洋風の中に部分的によく和風の技法を取り入れた和洋折衷の木造建築物であり、この時代の学校建築を代表するもので、当時の形をそのままよく残している点非常に貴重なものといわれている。木造2階建てのこの校舎は、吟味された材料を用いた誠に堅牢なものであり、教育の場とあいても機能的・合理的な面が多く見られる。また凹字型に内庭を抱えている姿は、なんとなく温かさが感じられ、いかにも学校らしい和やか雰囲気を持つ建物である。建物の平面の形は東西に長さ23間(41.8m)の校舎を中央として、東西両翼に長さ11間(20m)の建物をそれぞれ南へ突き出して凹形にしてものである。全体は木造素木造り2階建で、建築面は255坪(641.7平米)、延床面積487坪(1,607平米)である。昭和56年に国の重要文化財に指定されている。

登米町教育資料館の前に「奥の細道一宿の地」の標柱があった。



左側面に『奥の細道』の一節が書かれている。

 明くれば又しらぬ道をさまよひ行。袖のわたり・尾ぶちの牧・まのゝ萱はらなどよそめにみて、遙なる堤を行。心細き長沼にそふて、戸伊摩と云所に一宿して平泉に到る。

おくの細道

元禄2年(1689年)陰暦5月11日 芭蕉(46才)

昭和57年(1982年)3月15日、日本ライオンズクラブ結成30周年事業で建立。

標柱の左下に地名の説明がある。


袖のわたり
 石巻市住吉神社付近にある北上の渡し

尾ぶちの牧
 石巻の東部の丘陵

まのの萱はら
 石巻市稲井真野

戸伊摩
 今の登米町

左下には芭蕉の句があった。


婦る池や蛙飛込水のおと

出典は『蛙合』(仙化編)。

貞亨3年(1686年)春、深川芭蕉庵で詠まれた句。

芭蕉43歳の時である。

句碑と言えるかどうか。

嘉永5年(1852年)3月13日、吉田松陰は一関から登米を訪れた。

十五日  晴。將に迂路して石巻港の形勢を觀んとし、裝を治めて佐世岱太郎を訪ひ、一關を發す。左折して松島道に入り、鹿沼・和久津を經て石森に出づ、笠原内記の采地なり、祿千二百石。黒沼を經て登米に宿す、伊達式部の采地なり、祿二萬石、家臣頗る多し。式部の第(やしき)は高敞の地に據り、塹壘之れを環(めぐ)る、隱に一城堡の如し。行程十一里。


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