2011年京 都

広沢池〜芭蕉の句碑〜
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京都市右京区嵯峨広沢町に広沢池がある。


広沢池

 宇多天皇の孫に当たる寛朝僧正が、池の北側(遍照寺山の麓)に遍照寺を建立したことに併せて造られたものと伝えられているが、一説には、この付近一帯の用水池として掘られたものともいわれている。

 遍照寺は、池のほとりに釣殿・月見堂などを設けた美しい風景を前にした大きな寺であったが、早い時期に荒廃した。



 この池は、西に位置する大覚寺の大沢池とともに、古くより観月の名所として知られ、多くの歌人によって数多くの歌が詠まれた。

やどしもつ月の光の大沢はいかにいつとも広沢の池   西行法師

廣澤の池


右側面に芭蕉の句が刻まれている。

名月や池をめくりて夜もすから

出典は『あつめ句』(貞享4年編)。

貞亨3年(1686年)8月15日、芭蕉庵で月見の宴を催した折の句。

 明和2年(1765年)、蓑笠庵梨一は広沢池を訪れて句を詠んでいる。

   広沢の池一見にまかりて

月かけや目覚て居たる蛙の巣


 明和8年(1771年)、加舎白雄野々宮から広沢の池を訪れている。

広沢の池の辺にて、

 薄月や池の小艸に虫の啼

かく打興じつゝ、良夜はかならずと、茶店の主に約し置て、ふたゝび参りたるにたがはずも、筵をも(ま)うけて、清光を殊の外にふるまはれけり。

 広沢の月萍に秋のあらしせよ

「春秋菴白尾居士記行」

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