今年の旅日記

宝幢院〜碑巡り〜
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香南市香我美町岸本に宝幢院という寺がある。


宝幢院由来

当寺は明治の初めまで多聞院常楽寺と申し、いつ頃の開山かは寺歴に残されておりませんが、行基菩薩が開基されたと伝えられ、本尊毘沙門天王像も行基菩薩の手によるものと言われています。

承久の乱に関わって土佐に配流された土御門上皇が阿波に遷座される際に常楽寺を行在所と定めて滞在され、傍らの山にてしきりに月をご覧になったことからその山を月見山と呼ぶようになり、当寺の山号も月見山と称するようになったと古書に見られます。

明治の廃仏毀釈では香美郡の真言宗寺院でただ1ヶ寺存続を得ましたが、その際寺名が現在の宝幢院と変わりました。

本尊毘沙門天王木像を始め、土御門上皇が遺されたと言い伝わる冠や、束帯の一部、室町時代の大般若経や、時の豪族が奉納した聖観音木像等々が寺宝としてあります。

   ご遠慮なくご参拝下さい。

山主敬白

真言宗智山派の寺である。

本堂の右手奥に芭蕉の句碑があった。


八九間そらて雨ふる柳かな

元禄7年(1694年)春、芭蕉51歳。

『続猿蓑』(沾圃編)巻頭の句である。

安政6年(1859年)10月12日、当山主山花上人建立。

地元の俳人の句碑も幾つかあった。

徳弘其舟の句碑


みな家に帰る人なり秋のくれ

其舟は美濃派俳諧宗匠。

徳弘梅左の句碑


露ちるや己れも浮世の旅の人

梅左は其舟の子。

無得庵松窓の句碑


折々は枯るゝも時の柳かな

松窓は五台山勧学院の律師。

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