2010年神奈川

草木工房〜碑巡り〜
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川崎市麻生区片平に草木染研究所柿生工房(草木工房)がある。


 明治45年(1912年)3月、麻績で歌会が催され、若山牧水は山崎斌の生家臼井忠兵衛宅に泊まった。

昭和34年(1959年)、山崎斌(あきら)は草木工房を開設。

現在は孫の山崎和樹氏が三代目当主として後を継いでいる。

草木工房の入口に凡兆の句碑があった。


鶏の声もきこゆる山さくら

『猿蓑』に収録されている句である。

隣に島崎藤村の文学碑が横たわっていた。


誰か舊き生涯に安んぜむとするものぞ。おのがじゝ新しきを開かんと思へるぞ、若き人々のつとめなる。生命は力なり。力は聲なり。聲は言葉なり。新しき言葉はすなはち新しき生涯なり。

『藤村詩抄』自序の一節である。

 大正4年(1915年)3月、牧水は喜志子の転地療養のため三浦半島に移り住んだ。

草木工房の奥に若山牧水の歌碑があった。


わが庭の竹の林の淺けれどふる雨みれば春は來にけり

出典は第9歌集『朝の歌』。

大正5年(1915年)、三浦半島の家で詠まれた歌。

昭和37年(1962年)11月9日、除幕。

『牧水歌碑めぐり』(大悟法利雄著)によれば、全国で35番目の牧水碑。

 『若山牧水歌碑インデックス』(榎本尚美、榎本篁子著)に拠れば、全国で36番目の牧水歌碑である。

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