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わたしは草と花で 一つの川をかいた わたしは星と花火で 海と港をかいた
實篤書 |
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わが国の近・現代文学に多大な功績をのこした佐藤惣之助は、明治23年(1890年)、橘樹(たちばな)郡川崎町砂子(いさご)(現在の川崎区本町)の旧川崎宿・上本陣(佐藤本陣)の次男として生まれました。 詩人・惣之助は、生涯で数多くのすぐれた作品をのこしていますが、その活動は俳句・小説・作詞などの分野にもおよんでいます。しかし、真の評価は詩作にあります。惣之助は友情にあつく、数多くの仲間と活発な創作活動を展開しましたが、特に大正14年(1925年)には、川崎の自宅を「詩の家」と名づけ、同人誌「詩之家」を刊行しました。同人の数は、多いときには70名にも達しました。 また、詩人としての才能を生かして、「赤城の子守唄」「緑の地平線」「青い背広で」「湖畔の宿」「人生劇場」など、今でも多くの人々に口ずさまれている名曲を作詞し、昭和17年(1942年)、52歳の生涯を閉じました。 この碑は、惣之助を顕彰するため、川崎市文化協会の発意によって昭和30年10月に建立されました。碑文は詩集「華やかな散歩」の序詩から選ばれ、文字は惣之助が尊敬していた武者小路実篤が揮毫したものです。
川崎市教育委員会 |

