2010年神奈川

稲毛神社〜佐藤惣之助生誕の地〜
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川崎市川崎区宮本町に稲毛神社がある。


稲毛神社に佐藤惣之助の詩碑があった。



祭の日は佳き哉
つねに恋しき幼き人の
あえかに粧ひて
茜する都の方より
   来る時なり・・・

「祭の日」抄

 平成2年(2000年)12月3日、惣之助夫妻の生誕百年に川崎今昔会建立。

 誰にとっても、幼い日の思い出は懐かしく美しく心に残るものである。旧川崎宿の本陣佐藤家に生まれ育った詩人佐藤惣之助は郷土をこよなく愛し、文筆生活に入ってからも「川崎の惣之助」を看板のようにしていた。 そんな惣之助にとって、幼い日の鎮守の祭りはひとしお思い出深いものであった。その日は、晴れ着姿でやってくる横浜の親類の女の児を頭髪を刈って迎え、共にレモン水をなめ見世物を観て楽しむことができたからである。その幼い客こそ、のちの花枝夫人その人であった。惣之助夫妻の生誕百年にあたり、川崎今昔会はゆかり深いこの鎮守の境内に、惣之助の思い出の詩「祭の日」の一節を抜き出し、嗣子沙羅夫氏の揮毫により詩碑として建立し、記念とする。
平成2年12月3日 川崎今昔会 古江亮仁 識す

川崎市川崎区砂子の旧東海道沿いに川崎信用金庫本店がある。


川崎信用金庫本店前に「佐藤惣之助生誕の地」記念碑があった。



青い背広で 心も軽く
街へあの娘と 行こうじゃないか
紅い椿で ひとみも濡れる
若い僕らの 生命の春よ

佐藤惣之助生誕の地

 詩人佐藤惣之助は明治23年12月3日に生れ、昭和17年5月15日に52才で世を去った。生家は川崎宿宿の上本陣佐藤家で、現在の位置の北隣の砂子2丁目4番地がその旧地である。

 惣之助は大正、昭和初期の詩壇に雄飛して数多くの珠玉の名篇を世に出し、不滅の地歩を築き、また「詩の家」を主宰して詩友と交わるとともに多くの後進の指導養成にあたった。さらに俳句・歌謡・小説・随筆にもすぐれた業績を残し、釣・義太夫・演劇・民謡研究・郷土研究・沖縄風物の紹介など、趣味の世界における多方面の活躍も驚くべきものがある。

 歌謡作詞では「赤城の子守唄」「人生劇場」「新妻鏡」「男の純情」「青い背広で」「湖畔の宿」「人生の並木路」「すみだ川」など、人びとの胸をうち、心に通う歌詞の故に今もなお愛唱されている不朽の作品が多い。

 ここにその事績を慕う郷党ら相集い佐藤惣之助生誕地記念碑建設委員会を組織し、市内在住の彫刻界の巨匠円鍔勝三氏に嘱し、惣之助の肖像と、嗣子佐藤沙羅夫氏の揮毫になる「青い背広で」の一部を銅碑に彫出して掲げ、記念とする。

   昭和54年5月15日

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